- 家族信託という言葉を聞いたけれど、結局どういうものなのか分からない
- 親が認知症になったら、預金も実家も動かせなくなると聞いて焦っている
- 成年後見と家族信託、どちらを選べばいいのか
- 費用は全部でいくらかかるのか、何に払うお金なのか
- 「家族信託は危険」「後悔した」という話も見かけて、踏み出せない
- うちの親に、本当に家族信託が要るのか
- 兄弟のうち、誰が親の財産を預かる役になるのか
- 親にどう切り出せば、気を悪くさせずに話せるのか
上記のような悩みに答えます。
家族信託は、親の財産の管理を、親が元気なうちに子へ託しておく方法の呼び名です。つまずきやすいのは、「家族信託をすれば認知症になっても全部大丈夫」と考えてしまう点で、実際に託せるのは財産の管理と処分に限られ、施設や介護の契約は別の仕組みの役目になります。検索の上位に並ぶ解説は、信託を組み立てる仕事をしている事務所や金融機関が書いたものが中心で、仕組みとメリットは詳しい一方、向かない家族の条件や、費用のうち法令で決まる部分と依頼先で決まる部分の区別は、あまり書かれていません。そこで、委託者・受託者・受益者の関係、後見との違い、始めるまでの手順という基本を押さえたうえで、費用の分け方、受託者になる子の負担、家族信託をしない場合の条件まで、信託法・民法・任意後見契約に関する法律の条文と、裁判所の資料で確かめながら整理しました。
家族信託は、親の財産の管理を家族に任せるための契約で、法律の用語ではなく、信託法の「信託」を家族の間で使う方法の呼び名です。任せられるのは財産の管理と処分で、施設や介護の契約といった身上監護は後見の役目になります。費用には、信託の登記の登録免許税(不動産の価額の0.4%、土地は2029年3月31日まで0.3%)や公証人手数料のように法令で決まる部分と、専門職の報酬のように依頼先で変わる部分があります。
2026年10月時点の制度で確かめています
家族信託は親の財産を子に託す契約

家族信託は、親が自分の財産を信頼できる家族に託し、決めた目的に沿って管理や処分をしてもらう契約です。「家族信託」という言葉は信託法にも民法にも出てこない通称で、条文の上では「信託」と呼ばれます。
信託法2条1項は、信託を、特定の者が一定の目的に従って財産の管理または処分などをすべきものとすること、と定めています。同じ項には「専らその者の利益を図る目的を除く」という括弧書きがあり、預かった人が自分のためだけに財産を持つ形は信託になりません。家族の間で使う場合も、この枠の中で組み立てることになります。
登場する人は次の三者です。
| 呼び名(条文の言葉) | 役割 | 家族で使うときの設計例 |
|---|---|---|
| 委託者 | 信託をする人。財産を預ける側 | 親 |
| 受託者 | 決めた目的に沿って財産の管理・処分をする義務を負う人 | 子のうちの一人 |
| 受益者 | 財産から利益を受ける人(受益権を持つ人) | 親(委託者と同じ人にする設計) |
ここで押さえたいのは、受託者は「財産をもらった人」ではなく、「義務を負って預かっている人」だという点です。信託法2条5項は、受託者を、信託行為の定めに従って財産の管理または処分などをすべき義務を負う者としています。親の実家の名義が子に移っても、それは受益者(この設計では親)のために管理するためで、子が自由に使ってよい財産になったわけではありません。
信託の始め方は、信託法3条で、契約による方法、遺言による方法、自分が受託者になる意思表示による方法(自己信託)の三つが定められています。親が元気なうちに子と結ぶのは、このうちの契約による方法です。遺言で信託を作る方法もありますが、こちらは親が亡くなってから効力が出るので、「認知症になったあとの管理」という目的には合いません。遺言そのものとの違いもここにあります。遺言は亡くなったあとの財産の行き先を決めるもので、生きているあいだの管理は扱いません。
たとえば、親が委託者兼受益者、長男が受託者という設計なら、実家の名義は長男に移りますが、実家を貸して得た家賃や、売ったときの代金は、受益者である親のために使われます。親が施設に入る費用に充てるために実家を売る、といった判断を、契約で決めた範囲で長男が進められる形です。
編集部の整理では、家族信託を考え始めたら、まず「誰の財産を」「誰が預かり」「誰のために使うか」の三つを紙に書き出してみてください。この三つが言葉にできない段階で専門家に相談しても、話がかみ合いにくくなります。
出典:信託法2条(e-Gov法令API)/信託法3条(e-Gov法令API)
親の判断する力が衰えると止まること
親が物事を判断する力を失うと、親が自分で結ぶ契約や手続きが進めにくくなります。家族信託が話題になるのは、この場面への備えとしてです。
民法は、判断する力(条文の言葉では「事理を弁識する能力」)の程度に応じて、後見・保佐・補助という三つの類型を置いています。精神上の障害によりこの能力を欠く常況にある人は後見(民法7条)、著しく不十分な人は保佐(民法11条)、不十分な人は補助(民法15条)の対象になり、いずれも家庭裁判所の審判で始まります。診断名がついた時点で自動的に決まるのではなく、家庭裁判所が判断する仕組みです。
ただし、後見が始まっても、本人が何もできなくなるわけではありません。民法9条は、成年被後見人の法律行為は取り消すことができるとしつつ、日用品の購入その他日常生活に関する行為は除いています。後見が始まっても日々の買い物まで取り消しの対象になるわけではない、という点は押さえておいてください。
一方で、止まりやすいのは次のような、まとまったお金や財産が動く場面です。
- 親名義の実家を売る、貸す、建て替える
- 親名義の預金から、まとまった額を施設の入居費などに動かす
- 親名義の不動産を担保にお金を借りる
- 親が持つ株や投資信託の売り買い
こうした場面では、本人の意思を確かめられないと手続きが進めにくくなり、後見などの手続きを経ることがあります。
たとえば、親が施設に移ったあと、空いた実家を売って費用に充てたいと考えたとき、親の判断する力が十分なら親自身が売主になれます。判断する力が衰えたあとは、後見人などを通す方法のほか、元気なうちに結んだ信託契約で受託者に売る権限を与えておく方法があります。
迷ったときは、「この先、親名義の財産で動かしたいものは何か」を先に挙げてください。動かす予定のものが無ければ、急いで備える理由は小さくなります。動かしたいものがあるなら、それが財産の管理なのか、介護や施設の契約なのかで、選ぶ仕組みが変わります。
出典:民法7条(e-Gov法令API)/民法9条(e-Gov法令API)/民法11条(e-Gov法令API)/民法15条(e-Gov法令API)
法定後見・任意後見・家族信託の違い
三つの違いは、「いつ、誰が決めるか」と「どこまで任せられるか」で整理すると分かりやすくなります。法定後見は判断する力が衰えたあとに家庭裁判所が決め、任意後見と家族信託は親が元気なうちに親自身が決めておく仕組みです。
| 項目 | 法定後見 | 任意後見 | 家族信託 |
|---|---|---|---|
| 始まり方 | 判断する力が衰えたあと、家庭裁判所に申し立てて審判を受ける | 元気なうちに契約し、判断する力が不十分になってから家庭裁判所が任意後見監督人を選んで効力が出る | 元気なうちに親と受託者が信託契約を結ぶ |
| 誰が担うか | 家庭裁判所が選ぶ | 親が契約で選んだ人 | 親が契約で選んだ受託者 |
| 契約の形 | 契約ではない(審判) | 公正証書でしなければならない | 条文上、公正証書は求められていない |
| 任せる範囲 | 財産の管理に加え、生活や介護の契約など(保佐・補助は家庭裁判所が認めた範囲) | 生活、療養看護、財産の管理に関する事務(契約で決めた範囲) | 信託した財産の管理・処分 |
| 家庭裁判所の関わり | 選任・監督 | 任意後見監督人を通じて監督 | 専門家に確かめる |
任意後見について、任意後見契約に関する法律2条1号は、任意後見監督人が選任された時から効力を生ずる旨の定めのある委任契約、と定めています。契約を結んだ日から後見が始まるのではなく、親の判断する力が不十分になり、家庭裁判所が監督人を選んだ時から動き出します。監督人を選ぶのは家庭裁判所で、本人・配偶者・四親等内の親族・任意後見を引き受けた人の請求により、本人以外が請求するときは原則として本人の同意が要ります(同法4条)。
家族信託との大きな違いは、任せられる範囲です。任意後見は、条文の言葉で「生活、療養看護及び財産の管理に関する事務」を委ねることができます。家族信託で受託者が扱うのは、信託した財産の管理と処分です。
たとえば、親が元気なうちに「実家と預金の一部は長男に信託し、それ以外の生活や介護の手続きは任意後見で長女に任せる」という組み合わせを選ぶ家もあります。信託だけ、任意後見だけ、と一つに絞る必要はありません。
なお、成年後見制度は法改正が決まっており、数年のうちに段階的に変わります。ここでは現行の制度で説明しているので、改正の内容と時期は法務省・家庭裁判所で確認してください。
選び方の軸は、「財産を動かしたいのか」「生活や介護の手続きを任せたいのか」「家庭裁判所の監督があるほうが安心か」の三つです。財産だけなら信託、生活全体なら任意後見、すでに契約が難しいほど判断する力が衰えているなら法定後見、と当てはめてみてください。
出典:任意後見契約に関する法律2条(e-Gov法令API)/任意後見契約に関する法律3条(e-Gov法令API)/任意後見契約に関する法律4条(e-Gov法令API)
家族信託でできること、できないこと
家族信託でできるのは、信託した財産の管理と処分です。施設への入所契約や介護サービスの契約といった、本人の生活や介護に関わる手続き(身上監護)は、受託者の仕事ではありません。
できることとできないことを並べると、次のようになります。
- 実家の管理・修繕・売却
- 信託した預金の管理と支払い
- 信託した不動産の賃貸
- 施設への入所契約
- 介護サービスの契約
- 入院や治療の手続き
信託法2条5項は、受託者を、信託財産に属する財産の管理または処分などをすべき義務を負う者と定めています。受託者が扱うのは、信託した財産です。親の暮らしや介護の手続きを任せたい場合は、任意後見か法定後見を合わせて考えることになります。後見は、財産の管理に加えて、本人の生活や介護に関する契約も扱う制度です。任意後見なら、条文の言葉で「生活、療養看護及び財産の管理に関する事務」を委ねられます。
信託に入れられる財産にも、扱いの違いがあります。
- 実家などの不動産:信託の登記をして、受託者の名義にする
- 預金(金銭):受託者が自分の財産と分けて、計算を明らかにして管理する
- 年金:年金を受け取る権利をどう扱うかは、専門家に確かめる部分になる
- 実家だけ、預金の一部だけ、といった一部の財産に絞ることもできる
年金のように、親の口座に入ってくるお金をどう信託に結びつけるかは、組み立て方で変わるので、契約の前に専門家に確かめてください。預金について、信託法34条が求めているのは、自分の財産と分けて計算を明らかにする方法で管理することです。条文は専用の口座を作ることまでは書いていませんが、口座を分けて管理するのが実務の進め方として使われています。信託のための口座の扱いは、親の取引先の金融機関に、契約の前に聞いてください。
たとえば、「実家だけを信託し、預金はそのまま親名義で残す」という設計にした場合、契約で売る権限を決めておけば、親の判断する力が衰えたあとも長男は実家を売れますが、親名義の預金から施設の費用を払う手続きは信託の外になります。何を信託に入れるかで、できることの範囲がそのまま決まります。
編集部の整理では、信託に入れる財産は「判断する力が衰えたあとに動かしたい財産」から選ぶのが筋です。全部を入れるほど受託者の管理の手間は増えるので、動かす予定のない財産まで入れる必要はありません。
出典:信託法2条(e-Gov法令API)/信託法34条(e-Gov法令API)
家族信託を始めるまでの手順
家族信託は、家族で中身を決め、契約書を作り、不動産なら信託の登記をし、預金なら管理の方法を整える、という順で進みます。
- 1目的と財産を決める何のために、どの財産を
- 2受託者と後継ぎを決める兄弟で話し、親が選ぶ
- 3契約書を作る公正証書にするかも決める
- 4登記と口座を整える不動産は信託の登記
- 5管理を始める自分の財産と分けて管理する
- 目的と財産を決める:何のために(施設の費用に充てる、実家を管理する、など)、どの財産を信託するかを、親と家族で話す
- 受託者と、その次の受託者を決める:受託者が先に亡くなったり病気になったりしたときに備えて、次の人も考えておく
- 契約書を作る:専門家に相談しながら条項を固める。公正証書にするかどうかもここで決める
- 不動産の信託の登記をし、預金の管理の方法を整える:登記は法務局。預金は金融機関に事前に相談する
- 管理を始める:受託者は自分の財産と分けて管理する(編集部の整理では、記録をつけて家族が見られるようにしておくと説明しやすくなります)
契約書を公正証書にするかどうかは、家族で選べます。信託法3条1号は、契約による信託に公正証書を求めていません。公正証書にするかどうかは実務上の選択なので、相談先と話して決めてください。任意後見は公正証書でなければならない(任意後見契約に関する法律3条)ので、ここは取り違えないでください。
注意したいのは、契約する時点で、親に内容を判断する力が必要だという点です。認知症と診断されたら一律にできなくなる、というものではありませんが、判断する力が衰えてからでは契約が難しくなります。親の物忘れが気になり始めているなら、公証役場や専門家に早めに相談してください。
たとえば、親の判断する力に不安が出てきた段階では、公証役場や専門家に、契約できる状態かどうかを相談することになります。難しいとなれば、家族信託ではなく法定後見を考えることになります。
相談先は、公証役場(日本公証人連合会のサイトで近くの役場を探せる)、司法書士・弁護士の事務所です。相談の前に、信託したい財産の一覧と、家族の関係が分かるメモを用意し、持ち物は行く前に電話で確かめてください。
出典:信託法3条(e-Gov法令API)/任意後見契約に関する法律3条(e-Gov法令API)
※この枠にはプロモーション(アフィリエイト広告)を含みます。
親の判断する力がしっかりしているうちでないと、家族信託の契約は結べません。うちの親の財産と家族の形で家族信託が向くのか、後見で足りるのかを専門家に聞いてから決めたい場合は、家族信託を専門に扱う窓口に相談する方法があります。費用は、法令で決まる部分と専門家への報酬に分けて見積をもらってください。
家族信託の費用は、法令分と報酬分に分ける

家族信託の費用は、法令で額や率が決まっている部分と、依頼先との契約で決まる部分に分けて見ると整理できます。「全部でいくら」と一つの数字で示されている見積は、この二つが混ざっているので、分けて確かめてください。
法令で決まる部分の一つ目は、不動産を信託したときの登録免許税です。所有権の信託の登記の税率は、不動産の価額の0.4%です(登録免許税法 別表第一)。土地については、租税特別措置法72条で、2029年3月31日までは0.3%に軽くなっています。軽減は土地だけで、建物は別表の税率のままです。期限が来れば本則の税率に戻るので、申請する時点の条文を司法書士や法務局で確かめてください。「不動産の価額」をどう決めるか、税額がいくらになるかは、司法書士に計算してもらう部分です。
二つ目は、契約書を公正証書にしたときの公証人手数料です。公証人手数料令9条と別表で、法律行為の目的の価額に応じて、次のように段階が決まっています。
| 目的の価額 | 手数料 |
|---|---|
| 50万円以下 | 3,000円 |
| 50万円を超え100万円以下 | 5,000円 |
| 100万円を超え200万円以下 | 7,000円 |
| 200万円を超え500万円以下 | 13,000円 |
| 500万円を超え1,000万円以下 | 20,000円 |
| 1,000万円を超え3,000万円以下 | 26,000円 |
| 3,000万円を超え5,000万円以下 | 33,000円 |
| 5,000万円を超え1億円以下 | 49,000円 |
1億円を超えると、さらに加算があります。目的の価額を算定できないときは原則として500万円とみなされます(公証人手数料令16条)。ただし、最低価額が500万円を超えることが明らかなときはその最低価額、最高価額が500万円に満たないことが明らかなときはその最高価額になります。信託契約の目的の価額がいくらになるかは、契約の内容と財産で決まるので、この表で「うちは◯円」と当てはめず、公証役場に見積を出してもらってください。本人が病気などで公証役場に行けず、公証人に出張してもらう場合は、日当(1日20,000円、4時間以内は10,000円)と旅費が加わります(公証人手数料令43条)。ほかに正本・謄本の交付の手数料などがかかることもあります。
依頼先で決まる部分は、契約書の作成や登記を司法書士・弁護士などに頼んだときの報酬です。専門職の報酬は事務所ごとに違い、法令で決まっていません。見積は複数の事務所から取り、何に対する報酬なのか(相談・契約書の作成・登記・その後の支援など)を書面で確かめてください。
比べるために、後見の費用も並べておきます。法定後見のうち後見開始を申し立てるときは(保佐・補助では申立ての費用が変わることがあります)、申立手数料として収入印紙800円、登記手数料として収入印紙2,600円がかかり、ほかに連絡用の郵便切手が要ります。本人の状態について鑑定が必要になる場合があり、その費用は申立人の負担になることがあります。
※連絡用の郵便切手の額は申立先の家庭裁判所によって違います。お住まいの市区町村で確認してください。申立先の家庭裁判所のサイトでも確かめられます。
後見人に専門職が選ばれた場合、その報酬は家庭裁判所が決めます(民法862条)。横浜家庭裁判所が公表している「めやす」は、次のとおりです。
| 管理財産額 | 後見人の基本報酬(月額) | 監督人の基本報酬(月額) |
|---|---|---|
| 1,000万円以下 | 2万円 | 1万円〜2万円 |
| 1,000万円を超え5,000万円以下 | 3万円〜4万円 | 1万円〜2万円 |
| 5,000万円を超える | 5万円〜6万円 | 2万5,000円〜3万円 |
監督人には、任意後見監督人も含まれます。これは決まった額ではなく、資料の日付も古いので、最新の扱いは申立先の家庭裁判所で確かめてください。任意後見は、監督人が選ばれた時から監督人の報酬がかかることになります。
たとえば、実家の土地と建物を信託する家と、預金の一部だけを信託する家とでは、登録免許税がかかるかどうかからして違います。費用の総額を他の家と比べるより、内訳を分けて確かめるほうが役に立ちます。
見積を受け取ったら、登録免許税・公証人手数料・専門職の報酬の三つに線を引いて分けてみてください。法令で決まる部分は事務所を替えても変わらず、比べる意味があるのは報酬の部分です。
出典:登録免許税法(e-Gov法令API)/租税特別措置法(e-Gov法令API)/公証人手数料令(e-Gov法令API)/裁判所「後見開始」/横浜家庭裁判所「成年後見人等の報酬額のめやす」/民法862条(e-Gov法令API)
家族信託で受託者が負うもの、困りやすい点
家族信託の落とし穴は、契約を結んだあとに現れます。受託者になった子には法律上の義務がかかり、管理は信託が終わる時まで続きます。
信託法29条は、受託者は信託の本旨に従って事務を処理し、原則として善良な管理者の注意をもって行わなければならないと定めています。ただし書で、信託契約に別の定めがあればその注意によるとされているので、注意の程度は契約で変えられる余地があります。家族だから義務が軽い、ということではありません。
受託者になった子が困りやすいのは、次のような点です。
- 自分の財産と分けて管理する義務がある(信託法34条)
- 不動産の信託の登記は、分けて管理する方法として省くことができない(信託法34条2項)
- 兄弟に管理の状況を説明できるようにしておきたい
- 受託者自身が病気になったり亡くなったりしたときの備えが要る
- 税金の扱いが受益者の決め方で変わる
税金は、受益者を誰にするかで課税の扱いが変わります。委託者と受益者を親にしておくか、途中で子に変えるかで、贈与や相続の扱いが変わりうるので、契約書を固める前に税理士に確かめてください。ここで税額を自分たちで見積もるのは避けてください。
途中でやめたくなったときの扱いも、契約の前に知っておきたい点です。信託法164条1項は、委託者と受益者は、いつでも合意で信託を終わらせることができると定めています。ただし、受託者に不利な時期に終わらせたときは損害を賠償する場合があり、信託契約に別の定めがあればそれが優先します。親が亡くなったあとは、この合意による終了は使えません(同条4項)。
たとえば、受託者が欠けた場合に新しい受託者が就任しない状態が1年続くと、信託は終了すると定められています(信託法163条3号)。次の受託者を契約に書いておくかどうかは、契約の前に家族で決めておきたい点です。
契約の中身を家族で十分に話さないまま、勧められるままに結ぶことは避けてください。受託者を引き受ける子が、その負担を知ったうえで引き受けているかを、契約の前に確かめてください。
出典:信託法29条(e-Gov法令API)/信託法34条(e-Gov法令API)/信託法163条(e-Gov法令API)/信託法164条(e-Gov法令API)
家族信託をしない場合の条件
家族信託は、すべての家に要るものではありません。次のような条件に当てはまる家は、家族信託をしなくてよいか、任意後見や遺言で足りることがあります。
- 動かしたい財産がない:実家を売る・貸す予定がなく、預金も親の生活費の範囲で使うだけ
- 管理する財産が少ない:契約と登記にかかる費用と、受託者の手間に見合わない
- 受託者を引き受ける子がいない:子が遠方で、管理を続けることが難しい
- 兄弟の合意が取れない:信託の中身に反対する兄弟がいる
- 任せたいのが生活や介護の手続き:財産よりも施設や介護の契約が心配
- 親の判断する力がすでに衰えている:契約が難しく、法定後見を考える段階
反対に、家族信託が向いているのは、実家を売って施設の費用に充てる予定がある、賃貸に出している不動産がある、親の判断する力がまだ十分にある、受託者を引き受ける子がいて兄弟も納得している、といった条件が重なる家です。
たとえば、親が持ち家に住み続ける予定で、預金も年金の範囲でやりくりできている家では、信託で備える財産の動きがありません。こうした家は、生活や介護の手続きに備えて任意後見を考えるか、亡くなったあとの財産の行き先を遺言で決めておくほうが、目的に合っています。
一方で、親が施設に入ったあと空き家になる実家をどうするかが決まっていない家は、信託を考える価値があります。実家を売るのか、残すのかの考え方は、次の記事にまとめています。
判断に迷うなら、「親の判断する力が衰えたあと、親名義のままだと困る財産があるか」を一つずつ確かめてください。一つも無ければ、家族信託をしない選択も十分に成り立ちます。
受託者を誰にするか、親と兄弟への話し方
編集部の整理では、受託者を考えるときの軸は、親の近くに住んでいるか、管理を続けられるか、兄弟に説明して理解を得られるか、の三つです。
「長男だから」「同居しているから」と決めて、ほかの兄弟に説明しないまま契約するのは避けてください。受託者の名義になった実家を見て、兄弟が「長男が実家をもらった」と受け取ってしまうことがあります。受託者は義務を負って預かっている立場だということを、契約の前に兄弟にも共有してください。
親に切り出すときは、次の順で話す進め方があります。
- 親がこれからどう暮らしたいか、どこに住みたいかを先に聞く
- 判断する力が衰えたときに、家族が困る場面を一般論として伝える
- 備え方には信託・任意後見・遺言などいくつかあることを伝える
- 親が誰に任せたいかを、親の口から聞く
- 兄弟もそろった場で、専門家に一緒に相談に行く
切り出すときは「認知症になったら困るから」と始めるより、「これからの暮らしの希望を聞かせてほしい」という入り方にしてください。
兄弟が反対したときは、反対の理由が何かを確かめます。受託者の人選への不満なのか、信託という仕組みへの不安なのか、相続の取り分への心配なのかで、話し合う相手と中身が変わります。相続の取り分にかかわる話になったら、ここからは弁護士・司法書士・税理士へ相談してください。遺産の分け方は、弁護士・司法書士・税理士の領分です。
たとえば、親の近くに住む長女と、遠方の長男がいる家では、日々の管理は長女が受託者として担い、長男には管理の状況を定期的に伝える、という分け方もできます。受託者が先に亡くなったときの次の受託者として長男を決めておけば、兄弟の両方が信託に関わる形になります。
迷ったら、受託者を一人に決める前に、兄弟全員で「誰がどこまでできるか」を書き出してください。そのメモを持って相談に行くと、専門家も家族に合った設計を考えやすくなります。
親が亡くなったあと、家族信託はどう終わるか

信託がいつ、どう終わるかは、契約で決めておくことができます。たとえば親が亡くなった時に終わると決めておく設計があり、その場合は、残った財産を誰に渡すかも契約で決めておきます。
信託法163条は、信託が終わる場合として、信託の目的を達成したとき、目的を達成できなくなったとき、受託者が欠けて新しい受託者が就かない状態が1年続いたとき、信託契約で決めた事由が生じたとき、などを挙げています。親の死亡を終了の事由として契約に書いておけば、それに沿って終わります。
親の次に、さらに別の家族が受益者になる、という続け方を契約で決めることもできます。ただし信託法91条には、受益者の死亡によって次の人が受益権を取得する定めのある信託について、信託から30年を経過した時以後に受益権を取得した受益者が死亡するまで、などの期限が定められています。「30年で終わる」という意味ではないので、こうした設計をするなら専門家と細部を詰めてください。
信託が終わって、残った財産が誰かに渡ると、不動産なら名義の手続きが続きます。親の死後の名義の変え方は、次の記事にまとめています。
たとえば、信託に入れていなかった親名義の預金や財産は、信託とは別に相続の手続きが要ります。信託で全部が片づくと思っていると、親の死後に手続きの漏れが出ます。信託に入れた財産と入れていない財産の一覧を、受託者が作っておいてください。
信託の終わり方とは別に、親の死後すぐに必要になる葬儀の費用を誰がどこから払うかも、先に家族で話しておくと慌てません。支払い元の考え方は親の家族葬の費用は誰がいつ払う?にまとめています。
親が亡くなる前には、介護の場所をどうするかを決める時期が来ます。施設に移るか、在宅で続けるかの考え方は、次の記事にまとめています。
信託の設計は、親が元気なうちに「どこで暮らし、どこで最期を迎えたいか」を聞くことから始まります。住まいと介護の見通しが立つと、信託に入れる財産も決めやすくなります。
出典:信託法91条(e-Gov法令API)/信託法163条(e-Gov法令API)
よくある質問
家族信託の費用は全部でいくらかかりますか?
家ごとに違うので、一つの額では示せません。信託の登記の登録免許税(不動産の価額の0.4%、土地は2029年3月31日まで0.3%)や公証人手数料は法令で決まりますが、専門職の報酬は事務所ごとに違います。見積は複数の事務所から取り、何に対する報酬かを書面で確かめてください。
家族信託のデメリットや落とし穴は何ですか?
受託者になった子に、自分の財産と分けて管理する義務がかかることです。施設や介護の契約は信託ではできないこと、受益者の決め方で税金の扱いが変わることも、契約の前に知っておきたい点です。
うちの親に家族信託は本当に必要ですか?
親の判断する力が衰えたあとに動かしたい財産(売る予定の実家など)が無ければ、急いで組む理由は小さくなります。生活や介護の手続きが心配なら任意後見、亡くなったあとの財産の行き先なら遺言で足りることもあります。
認知症と診断されたら、もう家族信託はできませんか?
診断名だけで決まるものではありませんが、契約する時点で親に内容を判断する力が必要です。物忘れが気になり始めた段階なら、公証役場や司法書士・弁護士に早めに相談してください。難しいとなれば、法定後見を考えることになります。
銀行の預金も信託できますか?
預金から移したお金(金銭)を信託の財産に含めることはできます。受託者は自分の財産と分けて、計算を明らかにして管理します。信託のための口座の扱いは、親の取引先に契約の前に確かめてください。
家族信託に税金はかかりますか?
受益者を誰にするかで課税の扱いが変わります。親を委託者兼受益者にする設計と、途中で子を受益者にする設計とでは扱いが違うので、契約書を固める前に税理士に確かめてください。不動産を信託すると、信託の登記の登録免許税がかかります。
家族信託は途中でやめられますか?
委託者と受益者は、原則として合意でいつでも信託を終わらせることができます(信託法164条)。ただし、信託契約に別の定めがあればそれが優先し、親が亡くなったあとはこの合意による終了は使えません。
順番のおさらい
- 家族信託とは:親の財産の管理を家族に託す契約。法律の用語ではなく、信託法の「信託」を家族で使う呼び名
- 止まること:判断する力が衰えると、実家の売却やまとまった預金の移動が進めにくくなる
- 後見との違い:法定後見は衰えたあとに家庭裁判所が決め、任意後見と信託は元気なうちに親が決める
- できること:信託した財産の管理と処分。施設や介護の契約は後見の役目
- 手順:目的と財産 → 受託者と次の受託者 → 契約書 → 登記と口座 → 管理の開始
- 費用:登録免許税と公証人手数料は法令で決まり、専門職の報酬は依頼先で変わる
- 落とし穴:受託者に自分の財産と分けて管理する義務がかかること、税金の扱い、受託者が欠けたまま1年たつと信託が終わること
- しない場合の条件:動かす財産がない、受託者がいない、兄弟の合意がないなら、任意後見や遺言で足りることがある
- 受託者と話し方:親の暮らしの希望から聞き、兄弟全員で役割を書き出す
- 終わり方:親の死亡で終わる設計にし、信託の外の財産は相続の手続きが別に要る
家族信託は、親の判断する力が衰えたあとも財産を動かせるようにするための道具の一つで、入れておけば安心というお守りではありません。「動かしたい財産があるか」「預かる子がいるか」「兄弟が納得しているか」の三つがそろって初めて、費用と手間に見合う選択になります。そろわない家は、任意後見や遺言を含めて比べ、親の希望を聞いたうえで、公証役場や司法書士・弁護士・税理士に、それぞれの領分の相談を持っていってください。
介護にかかるお金全体の見通しは、次の記事にまとめています。

